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涙雨 [自然]

本日は

すごい雨が降っている

東日本大震災から丸8年

涙雨。。。




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あの日の朝はうっすらと雪が降って白くなっていた

そのあとは良く晴れて青空がが綺麗だったのを覚えている


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鹿児島の義姉が送ってくれた不知火

震災当日の午前に明るい日の下で撮った写真

私はこの写真を撮ったからか

デコポンを見ると震災を思い出すようになった




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地震直後の台所


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一夜を避難所である保育所で過ごした翌朝

 

仙台港のコンビナート火災

よく見ると黒煙だけでなく炎も見え

更に津波の水が間近に来ているのもわかる


この光景を見ながら自宅に戻った


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自宅よりもコンビナートに近い実家から両親を連れて

少し高いところへ車で来て様子見

石油タンクが大爆発の恐れがあるとのことで

避難を促していた



この後自宅で親族が身を寄せて生活することになった

建物に大きな被害がなかったので出来たことである



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給水に並ぶ列(3/14撮影)

何日も長い坂道を往復した

家族の人数で量の制限もあった

だんだんに食べ物の配給も始まった


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給水場所までの道中の光景

ガードレールより低い部分は田んぼだった所

松林の向こうは太平洋




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(3/17撮影)

道路状況が少しだけ良くなり

食料や生活用品を求めて

相方と一緒に暫く乗っていなかった自転車で出かけた

運転怖かったけど、、そんなこと言ってられない


右の方は八百屋さんに並ぶ列

私たちはドラッグストアに並んだ

店の人がマスクを配っていた

原発事故のことがあったかららしい



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少し水が引いた状態だが。。(3/20撮影)


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冠水していた道路

左右はまだ水が残る田んぼ

自衛隊さんがボートで捜索か何か作業中の様子



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トマト栽培のガラス温室施設も全滅

 



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ガソリンスタンドも長い列が続く(3/22撮影)

 

停電時の給油はとても大変な手動だったとか

この時はどうだったんだろう


ガソリンだけでなく灯油も必要な季節だった

 

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復旧作業が始まっている

ダンプや重機が見える


 8年経って私の周りでは通常の生活が出来ている


国内外の方々に助けていただいて今がある事に

本当に感謝です


犠牲になられた方々や、行方不明の方々がいる

あんな大災害で

生きているのが当たり前ではない事

心して生きていかなければならないと思う


平和で穏やかな毎日も

有り難い事なのだと

改めて思う



もうすぐ14時46分

町の防災無線でサイレンが鳴る

犠牲になった方々に

黙祷を捧げる


毎年

涙が溢れます


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コメント 16

kazykaz

こんばんは。
フォト蔵の蔵友さんたち共々、olivedさんの事をとても心配していた事を思い出します。お写真一枚一枚に込められた思いに涙、涙です。辛かったでしょうね。怖かったでしょうね。風化させてはいけない東日本大震災...平成から次の時代へと繋いでいかなければ。貴重なお写真拝見させていただきありがとうございましたm(_ _)m
by kazykaz (2019-03-11 20:02) 

song4u

私もolivedさんが心配でした。
どういうわけなのか分かりませんが、海に近いところにお住まい
というイメージが非常に強かったからです。
しかし、地震直後の食器棚の様子は想像以上に被害が少なくて、
なるほど、こんな風だったんだなと納得しました。

この震災、私も当事者のひとりとして思いは複雑です。
というのも、福岡に帰省する度に、同じ日本でどうしてこうも
違うのだろう…という意識が消えなかったからです。
東京ではあんなに不自由、被災地では大変なことになってるのに、
福岡に帰れば100%何事もない、まったく普通の日常がある。
一体これは何なのだろう?と何度も何度も思いました。

もう8年ですか。
つい昨日のことのようでもあり、かなり昔のことのようでもあり。
ひとくちではなかなか表しづらい気がしますね。
by song4u (2019-03-11 21:33) 

八犬伝

東京に住んでいる私にとっても
あの日は特別の日でした。
電車が止まった中
歩いて帰りつき
ふとテレビを付けると、事態はとんでもない事に
次から次へと流れる光景に唖然とした
そんな日々が続きました。

まだまだご苦労が多い皆さんも多い中
風化させてはいけませんね。
by 八犬伝 (2019-03-11 21:49) 

olived

kazykazさん こちらへもコメントいただきありがとうございます
あの時は本当に蔵友さんにもご心配をおかけしました。
自分は長く大きな揺れの中、恐怖でいっぱいでしたが、津波を直に見 てはいないですし、家族ともども大きい被害がなく短い期間不便な生活を強いられはしましたが、元の生活に戻れています。これは本当に有り難い事です。写真から何かを感じ取っていただけて良かったです。
毎日のように被災者の体験談、現在の状況などのインタビューをテレビ番組で見聞きするのですが、未だに苦しみから抜け出せずにいる人々がいるという事に、胸が締め付けられる思いです。
by olived (2019-03-11 22:55) 

olived

song4uさん コメントありがとうございます
あの時本当にご心配をおかけしました。海のそばに住んでいるだけでなく割と海に撮影に行く機会が多かった事もあるのではなかったかと思います。
この世の終わりかと本気で思うほどの大きな揺れが長い時間続いた割には、家の中での被害は少しで済みました。
被災地から離れれば離れるほど、我が事のようには考えられないですし意識も離れていくのでしょうね。実際に体験すれば違うと思います。8年の間には各地で大きな災害に見舞われましたけれど、少し意識が変わってきているかもしれませんね。
こちらでは未だに被災者の体験談や現在の状況をインタビューしたテレビ番組をやっています。自ずと意識することになります。少しずつ記憶が薄くなってきているかもしれませんが、忘れてはいけない事だと思っています。
by olived (2019-03-11 23:19) 

olived

八犬伝さん コメントありがとうございます
東京も大きな影響がありましたね。普段の生活が出来なくなった時
いつもの何気ない事が本当に幸せで、当たり前ではなく、有り難い事なのだという事が思い知らされました。
4日目に震災後初めて電気が通った時にテレビで津波の光景が目に飛び込んできた時はショックでした。
風化させる事は怖いことですね。悲劇を繰り返さないように次の世代へと確かに伝えていかないといけませんね。
by olived (2019-03-11 23:32) 

親知らず

自分一人で生きているのではないと思いました。
毎日を大切に生きなければいけないですね。
by 親知らず (2019-03-12 08:34) 

olived

親知らずさん コメントありがとうございます
本当にそうですね〜 普段はほとんど意識してなかったですけどね。
日常が当たり前という意識ではなく、有り難いことと思って大切にしたいですね。
by olived (2019-03-12 09:33) 

johncomeback

「よってけポポラ」は妻が大好きで毎月行ってます。
仙台・宮城ナンバーの車は沢山来ています。

あの日から8年、あっという間でした。
確かなのは年を取った事です(*´∇`*)
by johncomeback (2019-03-12 15:55) 

olived

johncomebackさん コメントありがとうございます
よってけポポラはいつもjohncomebackさんの記事を拝見して、行ってみたいと思っていますが、なかなか叶いません。
8年はあっという間だったような、まだ8年か、、という感じもします。確実に歳は取ってますね。
by olived (2019-03-13 08:54) 

mutumin

こちらも揺れて、丸一日停電になりましたが、津波が来ないという事、水があるという事は大きいですね。
こうして時を追って写真を見ると手に取るように災害の大きさと心模様がわかります。
平穏な日々の有り難さを実感すると共に、いつでもあり得るのだという事を肝に銘じながら備えや心構えをして行かなくてはいけないのだとおもいました。
by mutumin (2019-03-13 09:25) 

めゆゆ

あの時の悲劇は、本当に戦争の後かのような光景で、開いた口がふさがらないというか、絶句で信じられなかったです。皆が生きていたことが奇跡だとおもっています。
不謹慎かなと思いながらも、自分の携帯に衝撃的に変化した故郷の写真を撮って、このことは忘れられないと思って保存してます。
今宮城に帰った時の復興具合には、本当に沢山の方々の素晴らしい努力があってここまできたんだと思います。口では言えるけど、当事者の方は想像を超える努力があったんではないなと思います。でも、まだまだ困っている人がいるということ忘れてはいけないし、今小さな事で悩んでいる場合ではなく、一つ一つのことに感謝の気持ちを持って1日1日を大切にしていきたいと思います。
どうか、皆が穏やかに過ごせる時が来ることをねがって、私もできることを見つけていきたいと思います。
by めゆゆ (2019-03-13 20:41) 

olived

mutuminさん コメントありがとうございます
震度が大きかった分、広範囲が揺れましたね。
ライフラインと言われるものが断たれて、日頃の生活がいかにめぐまれていたか思い知った災害でした。
明日にでも起こりうる災害に耐えるように、備えはしっかりと、心構えもしっかりと!ですね。
by olived (2019-03-14 00:56) 

olived

めゆゆさん コメントありがとうございます
直ぐに遠くから道路事情もめちゃくちゃな中、慣れない運転をして来てくれた時は、嬉しい気持ちもありましたが、よくここまで無事に辿り着いたな、と驚きと安堵感が、勝っていたかもしれません。
道中どんな思いだったかを想像すると、本当に胸が張り裂けそうです。 この震災で見聞きしたことや、経験やいろいろな思いを忘れないためにも、悲惨な光景を記録して置くのは不謹慎でもなんでもないと思いますよ。
二度と不幸なことが起こらないように、風化させないで繋いでいくのも自分たちの役割ですね。
災害に対する自分自身の備えと心構えも忘れないでくださいね。
by olived (2019-03-14 01:44) 

drumusuko

こんにちは。
この日から、私も忘れることのできない日々が続きました。
当時は建設会社勤め、許可をもらって被災地に入り、様々な現状をこの目で見なくてはいけなかった状態でした。助かった人、そうでない人、今考えると、夢だったのかと思うこともありますが、決して忘れてはいけませんね~!
by drumusuko (2019-03-24 15:24) 

olived

drumusukoさん コメントありがとうございます
様々な被災現場でのお仕事は大変だったと思います。本当、夢であってほしかったですね。後世のためにも忘れてはならないですよね。
by olived (2019-03-26 21:38) 

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