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7年 [その他]

本日は

ここ最近の天気とは異なり

穏やかな日だった




7年前の今日は


image.jpeg

朝のガーデン用テーブルには

雪の様な霜の様なものが。。

とっても寒かった



image.jpeg

昼間は日差しが暖かくなった

鹿児島から送られてきたデコポンの写真を撮ってた







そして

午後

ペットのインコ チャーミー君を部屋で放鳥中


この世の終わり


と思う程長い時間の激震


直後から雪が降り出してきた


大きな不安を抱きながら

ご近所の人達と避難所にお世話になったその夜は

かなり冷え込み

恐ろしいくらいに星空がいっぱいで綺麗だった記憶がある



両親は実家で、妹家族は家に帰れず、外出先近くの避難所と職場で、

夫も職場から自宅に向かう途中で帰宅困難になり

近くの避難所にお世話になった


バラバラに過ごしたみんなが無事だったことが

本当に有り難い






ライフライン全てが復旧するまでが長かった

でも

不便ながらも

支援物資の配給や地元商店やスーパーのご好意で

食べることなどはなんとかなっていた



その他は車が一台水没で廃車になっただけで

他に大きな被害はなかった









今日

14時46分

サイレンを合図に私は家で黙祷

この時は皆それぞれの場所で

黙祷を捧げていたと思う

涙が出てきた




未だにあの日の映像が流れると

大した被害のなかった私でさえ涙が出る




何気ない日常が

有り難いことと

あらためて思う

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コメント 8

song4u

7年前、そうだったんですね。
ぼくは幸運にも会社関係にも知り合いにも被災した人はいなくて、
そんなにやりとりをしていたわけでもないのに、唯一、ソネブロの
olivedさんの安否だけが気になっていました。
理由はよく分かりません。
もしかしたら、昔掲載された松島のあたり?の写真が脳裏にあり、
それと津波の恐怖感がどこかで繋がったのかもしれません。
当時の記事コメントを見ると、olivedさんが心配と書いており、
自分でも不思議な気がしています。
だからかなあ、復帰された時は嬉しかったです。
by song4u (2018-03-12 08:58) 

BlackTiger

7年前の震災はすごいことでしたね。
私は東京で会社に止まって一晩中度々の余震と緊急警報で眠れない夜を過ごしました。震度5強は初めてとは言え、これくらいは被災した内には入らないですが、会社のTVで見た津波の映像が脳裏に焼き付いています。翌朝、電車が動いている駅まで歩いて帰る途中、まるで何事もなかったように上る朝日が眩しく感じられました。
私もolivedさんがフォト蔵にUPされたとき、無事でよかった、と嬉しかったのを覚えています。
何事もないことがどれだけありがたいことか、思い知った日でもありました。
by BlackTiger (2018-03-12 17:22) 

olived

song4uさん あの時はご心配をかけてしまいました。
あの日の二日前の大き目の地震のときにもメッセージをいただいていました。
心が温まるたくさんのメッセージをいただけて、とても嬉しかったですし励みになりました。ブログ復帰を喜んでいただいたのも嬉しく思いました。ネット上のみの交流しかしたことがでなくても、こうして気遣っていただいたり励ましていただいたりして元気になった人は多いと思います。
本当は、あの日、お天気がよかったので海の方にでも撮影に行ってみようかな、とチラッと思ったんですが、何故か行動に移さなかったのです。運命を分けるのは、ほんの小さなことなんだと思いました。
生かされた命、大事に全うしないといけませんね。
by olived (2018-03-13 19:13) 

olived

BlackTigerさん 気にかけてくださってありがとうございました。
本当にあの日のことは絶対に忘れることがないですね。被害の大小はともかく、日本中のみんなが異常で大変な時を過ごしたんですよね。帰宅困難者も凄い数でしたね。
翌日、避難所から家に帰ろうとした朝、こちらでも高台から見た朝日が綺麗でした。でも反対側の工場地帯には火災の黒煙が広がっていて、その日は近隣の地域が爆発の危険があるとのことで、避難指示が出たと記憶しています。
津波がどんなに酷い状況になってるのか映像で見ることが出来たのが4日くらい経ってからでした。ラジオでは聴いてはいましたが、本当にショックでした。アメリカにいる長女もニュースなどでこの映像を見て、連絡のつかない私たちの安否確認を必死でしてくれていたのです。
全部のライフラインが復旧するまでが長く、インターネットもだめ。携帯電話も基地局ごと流されて暫く使えませんでした。
何事もないことが有り難いこと、本当にそうですよね。
もう二度と経験したくはないですが、またいつ起きるかわからないので備えだけはしておかないといけないですね。
by olived (2018-03-13 20:03) 

johncomeback

S社を2010年12月末で早期退職し、再就職した社会福祉法人を
一か月で辞めた直後に大震災に見舞われました。いろんな意味で
不安な日々を過ごしましたが今は幸せな日々を送っています。
普通に生活できるって本当に幸せな事ですね。
by johncomeback (2018-03-14 13:04) 

olived

johncomebackさん コメントありがとうございます
あの経験をしたから、何気ないことにも幸せを感じたり有り難いことと思えるようになったのですよね。
by olived (2018-03-15 16:14) 

親知らず

津波の映像を見ながら、自然の恐怖を感じました。
首都圏でも計画停電が続き、仕事も銀行もストップし、街明かりも消えて、埼玉スーパーアリーナには東北からの避難者が寝泊まりしていました。次女の高校を通じて避難者の必要な物聞いたら紙コップだという事で職場にあった紙コップをありったけ届けた事を思い出しました。
何気ない日常を暮らせるって幸せなんだと強く思いました。
by 親知らず (2018-03-17 08:15) 

olived

親知らずさん たくさんの人々、色々な方面からの支援などで本当にみんな助けられました。二度と同じ経験はしたくないですが、自然相手にはどうしようもないですね。
本当に、何気ない日常が有り難いんですよね。
by olived (2018-03-19 19:47) 

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